立ち止まって悲しみに沈んでいてはいけない!
しっかりと前を向いて進みなさい!
頭ではわかっていても、心がついていかないときがある。
一つひとつの物や場所を整理しながら、押し寄せる後悔と懐かしい日々の記憶の数々。
言いようのない寂しさと悲しみになんとか折り合いをつけながら、「人間なのだから仕方がない」のだとつぶやく。
年老いたからといって、大切な人との別れが悲しくないわけではない。
母と共に過ごしたこの数年は、私にとっては宝のような年月だった。
大変なこともいろいろあつたが、たくさんの愛と学び、そして笑いと涙に溢れた日々だった。
百か日の法要の朝方、夢を見た。
数匹の羊が草原で牧草を食んでいる穏やかな風景を眺めているという不思議な夢だった。
静かに眺めていると、一匹の羊が、ゴロンと横になって、いや仰向けに寝っ転がってリラックスモードで休み始めたので、「え〜、羊ってあんな風に寝っ転がるんだ!」とビックリ!
「ああ、スマホ持ってれば写真撮れたのに…」とつぶやいていると、今度は、その羊が、丘の方を背にして脚を組んで座り、まるでバカンスを楽しんでいるように楽しそうにこちらを見ている。
というところで、目が覚めた。
不思議な夢だなあと思いつつも、まだ眠かったので二度寝。
寝坊していると、母の声が呼ぶような気がして起こされて、「ああそうだ。百か日の法要だから準備しなきゃ」と階下。
窓を開け風を入れてから、準備を始めようとしたところ、いきなりの雨。
あわてて窓を閉めた後、仏壇にお供えする木を切りに傘をさして外へ出ると、雨と太陽の日差しが入り混じった不思議な天気。
「そういえば。この間もこんな天気の日に母のことを考えていたら、綺麗な虹が出ていたなあ」
そう呟きながら、南の空を見るとなんと美しい虹が!
※写真の虹はその時の虹。
朝の澄んだ青空に色鮮やかにかかる虹を見つめて、「ありがとう!頑張るからね」と母へ。
家に戻ると、明るく優しい母の写真が隣の父と共に私を見つめていて、「ありがとう!虹を見たよ!」と再び。
「二人が天国で幸せでいてくれたら、それは私にとって何よりの幸せだから、どうぞ卒業したこの世のことは憂いることなく、愛する人たちや先祖の方々と穏やかに喜びに溢れて過ごしていてください」
そう二人に語りかけ、暦をめくると、その日の干支は羊。
母は羊年の生まれなので、朝方に見た夢を思い出し笑ってしまった。
「あのリラックスした羊は、母だったに違いない!」
虹といい、羊の夢といい。
ここでは紹介していないあの手この手でメッセージを送り励まし続けてくれる母。
だらしなく、いつまでも軟弱な私をよく知っている母らしい。
そういえば、こんなこともあった。
父が天に召された際に、母があまりにも寂しがっていたので、私が本屋で見つけた「天国からのメッセージカード」をプレゼントしたことがあった。母はことあるごとに「父ちゃんはどう思っているのか尋ねてみて」と言ってはメッセージカードをとって、楽しんでいた。
私が、とてつもない悲しみに襲われて、ひとり座っていると、「カードを引いてみて」と言われた気がした。
母のお気にりの携帯電話の隣に置いてあったカードを取ったら、こんなメッセージが書いてあった。

最近のカードでは、
天国からのメッセージカードには、良いメッセージしかないので、ただの慰めだと思えばその通りなのだが、今も母が別の形で生きているのであれば、母が楽しんで使っていたこのカードを使ってメッセージを送ってくれていてもおかしくない。そんな気がして「はい!分かりました!頑張ります!」とつぶやいている。
田舎で生まれ、戦争に巻き込まれながらも、涙を笑顔に変えて、あらゆることに怯むことなく立ち向かい生きてきた母。
最後まで、自分のなすべきことをしっかりと成し遂げ、不平を言わず、「ありがとう」の言葉を残した母。
父の一三回忌の法要は自分の手で終わらせなければと、前倒しで準備し終わらせ、その三週間後に旅立って行った。
「ああ、おばさんのように最後まで立派に生きられるかなあ」しみじみと語る従姉。
「おばさんは、私の母のようだった」。
「お母さんは、キッパリと自分の人生に終止符を打って旅立ったのだから、あなたもこれからの人生、どんなこともキッパリと決めて行動して生きて行きなさい!」
「これからはあなたが幸せであることが何よりも大事なんだよ!お父さんお母さんもそう願っているんだから」
別の従姉たちが私を励ます。
親戚や友人たち、多くの方々の支えと励ましをいただいてきたからこそ今の自分があるのだと改めて感謝の気持ちでいっぱいだ!
「感謝は言葉だけでなく、行動で表しなさい!軽やかに動きなさい!」
「いつでも繋がっていると忘れないで!」
母の言葉を胸に、与えられた命の時間を伸びやかにしっかり輝いて自分らしく生きていこうと思う!